問題の背景と引抜きの違法性
人手不足は業界を問わず深刻化しています。人材確保の手段として、競合他社の優秀な人材を引き抜くことも考えられます。
従業員の引抜きが問題となるケースは、引き抜かれる会社に勤務していた従業員や役員(以下「従業員等」)が、自分以外の他の従業員等を引き抜いた場合ですが、このような場合であっても、多くの裁判例では、各従業員の転職の自由を重視し、転職の勧誘を違法とすることは多くありません。
これらの裁判例を踏まえると、例えば、現在勤めている会社の労働条件に不満を持つ従業員が、他の従業員に「もっと良い労働条件の会社がある」などと言って同じ会社に勧誘したとしても、その事実だけをもって、その引抜きは直ちに違法とはならないと考えられます。一方で裁判例(東京地裁平成3年2月25日、東京地裁令和4年2月16日など)では、「その引抜きが単なる転職の勧誘の域を超え、社会相当性を逸脱し、極めて背信行為的方法で行われた場合には、それを実行した会社の従業員等は、雇用契約上等の誠実義務に違反したものとして、債務不履行あるいは不法行為責任を負うと言うべきである」としています。
引き抜いた会社の責任
会社が行う引抜きについても、個人の転職の自由がある以上、通常の転職の勧誘の範囲に留まるものであれば、原則的には違法とならないと考えられます。ただし、前掲の裁判例では、「ある企業が競争企業の従業員に自社への転職を勧誘する場合、単なる転職の勧誘を超えて、社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合には、その企業は雇用契約上の債権を侵害したとして、不法行為として引抜行為によって競争企業が受けた損害を賠償する責任があるものと言うべきである」としています。
以上の通り、引抜行為が違法となるケースは限定的とはなりますが、会社が責任を負わないということではありません。会社が損害賠償責任を負わないためにも、仮に引抜きを行う際には、引抜きを行う者に対して、最小限のリスクの範囲内での引抜行為に留めるよう注意を促し、場合によっては監視をすることが必要です。
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